Behave like a baby

よく晴れた春のとある日。3限目の休み時間に偶然ケータイを見た。そこには1通のメール。しかも受信は授業中。

『昼休み屋上に来い』

無意識に口から出た溜め息。
 相変わらずだけどそっけなさすぎる!しかも人の都合は相変わらずお構いなしで!更にサボり!用件も何も句読点さえ付いていない漢字変換されているだけマシなメール。いつもそうだ。 こんなメールを送ってくるのはもうどう考えても一人しかいないワケで。
 昼休み。一緒にお昼を食べる約束をしていた友達に断りを入れて、屋上へと向かった。階段をガンガン足を踏み鳴らして上って、バガンッと盛大な音を立ててドアを開け放つ。
そこにはメールの送り主。金髪の悪魔。
「もう!サボりについてはどうとか言わないし人の予定も聞かないでとかも言わないから、代わりにメールくらいはちゃんと送って下さい!」
件の悪魔はヒラヒラと手を振るばかりで顔を向けようともせずごろりと仰向けに寝転がったまま。聞いているのかいないのか。
「せめて返事くらいしてよ!もう!」
既に恒例となった弁当を前に突き出して
「はい!お弁当!」
寝そべった悪魔の腹に、投下。
「ぐぇ」
聞こえてきたのは返事の代わりに呻き声。
「全く!」
ぶつぶつ文句を言いながらヒル魔くんの横に腰を下ろして弁当を広げる。
「おーおー怖ぇ怖ぇ暴力奮っていいのか糞風紀委員」
「暴力じゃありません!制裁です!」
「ヤクザかテメェは」
軽く伸びをしてガバッと勢いよく跳ね起きた。いつの間にか弁当が右手に移動。
「ところで何?わざわざ呼び出したりして」
弁当の包みを開けている蛭魔に聞いてみた。昼休みは毎日必ず弁当を届けている。だからわざわざ呼び出す必要はない筈だ。だから聞いたのに。
「気分」
即答。しかも一言。しかも弁当の中身を口に放り込みながらあさっての方向を向いて。
「…はぁ」
もう怒りを通り越して呆れて溜め息。なんでこうも横暴かなぁ。毎度の事だけど。心中を知ってか知らずか春の柔らかい日差しが屋上を照らしている。時々吹く緩い風が悪戯に髪を揺らす。まるで、目の前の悪魔みたいに。
「あぁ糞マネ、この資料まとめとけよ。部活までにだ」
箸で摘んだおかずが落ちた。
「え!?部活までに!?出来る訳ないでしょ!授業あるのに!…あ、まさか…」
「テメェの午後の授業はここで。科目はアメフトだ」
嫌に嬉しそうな笑顔。
「やっぱり…!」
 はぁ。今日最大の溜め息。3年生となった今も、去年とほぼ変わらない生活。部活は疾うに引退したとはいえ後続の指導と主務業の為に足繁く通う日々。ぶつぶつぶつぶつ念仏の様に文句を唱えながら弁当を頬張る。私も一応、受験生なんだけどなぁ。そう思うも悲しいかなサボってしまう自分に涙が出た。心の中で。そんな私の葛藤などお構いなしに食べ終わった弁当を早々と片付けてこれみよがしに大欠伸。
…無防備過ぎませんか。悪魔さん。
「早く飯食い終われよ。寝れねぇだろうが」
目が点になる。なによそれ。意味分からないじゃない。
「勝手に寝ればいいじゃないよ。私は関係ないでしょ」
思った事をそのまま言った。ところが間髪入れずに聞こえた舌打ち。
「うるせぇな、食い終わればわかる。早く食いやがれ!」
 …息をするのも疲れてきた。もう!あのメールといい今のこれといい駄々捏ねる小学生じゃあるまいし!至って穏やかな陽光とまるっきり正反対に沸騰する様に苛立ちが込み上げて来て眠そうに呆然と空を見上げる蛭魔をキッと睨み付けながら弁当を平らげる。
「ふぁべ終わりましたけど!」
もごもごもご。
「口にたくさん入ったまま喋るのがマナーなのデスネェ。糞風紀委員サマ」
あぁ、もう、嫌だ。目眩がします。帰る!そう言おうとしたのに。膝に何かが乗っかった。言わずと知れた悪魔の頭。あら、見た目より存外柔らかいのね。…ってそうじゃなくて!
「ななななな…」
言葉が出てこない。
「な?」
「なんで膝に頭が…!」
「枕」
あぁもう、どうとでもなってしまえ。珍しく自暴自棄。
「あーこれデータな」
そう言ってどこから出したのか分厚いファイルを眼前に持ってくる。そのファイルの間からひょっこり覗く細い棒。なによこれ。引き抜いてみた。
「…耳掻き?」
「データ整理終わったらやっとけよ」
「誰の?」
「俺の」
「誰が?」
「テメェが」
「なんで?」
「気分」
だから!それは理由になってないじゃない!そのセリフは結局口からは出なかった。蛭魔はもう興味を失った様にピクリとも動かずまもりに頭を預けたままだ。
はぁ。
 今日何度目か知れない溜め息を吐く。流れる様に吹く風に乗って揺れる金髪。ワックスがついているのにも構わずそっと指を絡ませてみた。そうして一つ深呼吸をして、落ち着いてみる。
…結局これがしたくて呼び出したりした訳よね。全く素直じゃないんだから。
そう冷静に解釈してみればらしくない悪魔の思考に今度は自然と笑みがこぼれた。さぁ、早いところデータを片付けてしまおう。耳掻きをそっと床に置いて、分厚いファイルを手に取った。




【まもりに甘えてる蛭魔】 裕樹様に捧げます。